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どんどん空っぽを投げつけましょう |
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明らかに何かが起きているかが、ログやメッセージは「何でもない」というバグ。
"上手くいっているとき、たいていの人は「何となく」振る舞う。上手くいっているときには、些細な瑕疵は「結果オーライ」で容認されてしまうから、振る舞いにはある程度の幅が得られる。上手くいっている人は、だから自由に好きなように、「何となく」振る舞って、結果として上手くいく。教科書を何冊読んだところで、「何となく」は、変わらない。教科書に書いてあることは、たしかによくまとまっているのかもしれないけれど、それはその人の振る舞いを言語化したものとは違うから。
何となく上手くいく体験を重ねてきた人が、あるとき高重圧の環境に晒されると、「何となく」を忘れてしまう。研修医が離島に放り出されたときとか、しばしばこんな「何となくの忘却」を体験するんだけれど、その時に教科書を開いたところで、そこに書かれていることは、普段の自分とは全然違ったやりかただから、いきなりそれに従ったところで、上手くいくわけがない。
重圧の高いところで上手くやるためには、だから動作から「何となく」を追放する、上手くいっているときの自分の動作を言語化ないといけない。
"レジデント初期研修用資料 (via 115) (via jinakanishi) (via kml) (via dobinn69) (via ag107) (via minimumnarration) (via suzukichiyo) (via neckr) (via 3000km) (via kyohei1989) (via usaginobike) (via usaginobike)
『ハウルの動く城』はフランスで大評判になったのですが、何が評判になったかというとあのお城のデザインなんです。さっきから言っているように、ハウルの動く城を上から見てもわけ分かんない、正面から見てもシンメトリー(対称的)になっていないし、いろんなものが飛び出たりしている。これは外国の人には絶対に描けないし、理解不能なんです。
フランスの有名な新聞に『ハウルの動く城』の映画評が書かれたのですが、「豊かな想像力、ありえないイマジネーション。現代のピカソ」と書いてあった。向こうではシンメトリーに作って、上から見たらある形になっていないといけない。絵でも一点透視図法などのルールがあります。それをすべて破ってきたのが宮崎駿の歴史なんです。
例えば『魔女の宅急便』でキキが空を飛ぶシーンを描いた時には、1枚の絵の中に視点が2つあったんです。1つの視点は地平線の向こうを見ていて、もう1つの視点は真上から手前の絵(キキ)を見ている。それを1枚の絵として描くんです。これは外国の人にはありえないのですが、(宮崎氏は)平気なんですよ。1枚の絵の中に視点を何個も作るなんて、なかなかできない。そうすると、外国の人は「何でこんな絵が描けるのか」となる。
"羽生:あの、変な言い方なんですけれど、勝ちに行かないのが、一番勝ちやすい方法なんです。
本田:なるほど。無欲の勝利みたいな。
羽生:無欲というか、あんまり自力で何とかしないようにするのが、一番いい。
本田:でも、負けようと思っているわけじゃないですよね?
羽生:もちろんそうです。そういうつもりでもないので。だから、諦めるというのとは違うんですけれど、諦めるのと似たような
気持ちなんですよね。
本田:手放すってことですね? 結果に関しては。
羽生:ええ、ええ、ええ、ええ、そうなんです!諦めちゃうと本当に終わっちゃうので、その微妙な違いが、非常に大事なところだと思っています。
"
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